「ガチャ」っていう言葉があります。
ボクが小さい頃は、駄菓子屋にキン肉マンやガンダムのガチャガチャがあって、おカネを入れて、何が出てくるのかワクワクしながらガチャガチャっと回して、出てきたモノに一喜一憂するわけですね。
「うわー、これ欲しかったヤツ!」と当たりが出たり、「いらんやろ、これ」というハズレであったり、それでトモダチとワイワイ盛り上がった記憶があります。
今は、それに準えて、親ガチャ、部署ガチャ、先生ガチャ、上司ガチャといった言葉が定着しています。
改めてガチャとは何かを調べたら、
ガチャとは、元々はカプセルトイまたはカプセルトイの販売機のこと。「ガチャ」はタカラトミーアーツの商標ですが、「ガチャポン」「ガチャガチャ」(いずれもバンダイの商標)の略。
https://salon.mainichi-kotoba.jp/archives/112999
ということで、親ガチャというのは、このガチャガチャに準えて、親はランダムに決まって、子供は親を選べないから、ハズレだとキツイよねみたいなことで、会社も入ったのは良いけど部署や上司は選べないし、先生も選べないから、ハズレはキツイということらしいです。
確かに、そういう気持ちもわかります。
ボクも与えられた環境や状況に「なんで自分だけ」みたいな思いを持っていた時期もありましたし。
でも、ガチャ的なことは、人生では当たり前のことです。
その上で、自分はどうしていくのか?を考えて、行動していくことがその人の人生となるわけです。
そこで「ああ、ガチャがもう一度回せてたらな」と何もしなければ、今の状況が変わることはありません。
そういうガチャ的他責思考で現実から逃げることはラクですけど、何一つ良いことはありません。
人生塞翁が馬。
自分の人生で、何がよくて、何が悪いのかなんていうのは、後になってみないとわかりません。
ガチャ的他責思考よりも、自分の限られたリソースを使って、何をするか、何ができるか、何から手を付けるか、という思考が大事ということですね。