諦められても試合終了。。
自分の成長というものは、自分で何とかできるものなのでしょうか?
自分で自分のことはわからない。
モチベーションが「このままじゃヤバい」からなのか、「今よりもっと高みを目指したい」からなのかはわかりませんが、「今をもっと良くしたい!」「自分を成長させたい!」と考える人は、比較的多くいると思います。
そして、そのために、自分の基準で日々努力をしている人はたくさんいます。
その”努力する”こと自体はとても良いことですが、”努力している”=”成果に向かっている”という図式になっていないと悲惨です。
それは、努力すればするほど明後日の方向へ進んでしまい、成果につながらないことになります。
その努力の基準やゴールへの方向性が合っているか否かは、自分では見えないものです。
注意してくれるのはありがたい。
そんなとき「頑張っているのはわかるけど、こうした方が良いんじゃない?」とアドバイスをくださる人もいます。
ときには「それは間違っている!今すぐ修正しろ!」と強く注意してくださる人もいます。
しかし、自分なりに努力をしていればいるほど、ボクのような器の小さい人間は「いやいや、オレ、頑張っているし。」と、せっかくのアドバイスを右から左に流してしまいがち。
さらに、客観的に見ることが苦手で、比較的プライドが高いと言われる人は、「自分が正しい」という思い込みが強い傾向があります。
本当は、自分に無い角度からの注意ほどありがたいものはないのに、素直に聞き入れられないことはよく見ます。
諦められたら試合終了。
注意やアドバイスをする方としてみたらどうでしょう?
良かれと思ってしたことが相手にとっては迷惑で波風が立つようならば、「わざわざ伝える必要もないな」と考えるのは自然の流れ。
わざわざ注意するのも時間の無駄なので、相手に伝えることを諦めます。
そうなると、客観的なアドバイスがなくなり、一時的には「雑音が無くなってよかった~。オレのやり方は、やっぱ合っているんだ。」と考えます。
しかし、それは大きな勘違い。
注意してくださる人から、呆れられ、諦められた時点で、試合終了。
間違えた努力をいくら積み重ねても、おそらく成果にはつながりません。
ああ、ボクも気をつけないと。。。
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